企業の生成AI導入の進め方:対象業務の選び方から運用まで

社内で生成AIを使う話が出ると、担当者はChatGPTやClaude、業務向けAIサービスの比較から始めたくなります。減らしたい作業が決まっていない段階では、必要な機能も、導入後に測る数字も決まりません。

最初にするのは、毎週繰り返している作業を書き出し、その中から1つを選ぶことです。AIに任せる範囲、人が確認する場所、入力してよい情報、導入前の作業時間を決めてから試します。試した結果を見て、続けるか、やり方を直すか、やめるかを判断します。

試行期間に一律の正解はありません。この記事では、判断を先延ばしにしないための区切りとして1か月を置きます。月に1回しか発生しない作業では材料が足りないので、最初の候補から外します。

手順1 繰り返している作業を5項目で書き出す

担当者が日々行っている作業を、作業名、頻度、見るもの、作るもの、確認する人の5項目で書きます。詳しい業務フローを作る前に、次の表を埋めれば十分です。

作業名頻度見るもの作るもの確認する人
問い合わせ内容を受付一覧にまとめる毎日取引先から届くメール、商品台帳商品名・数量・希望納期を並べた一覧営業事務
規程から該当箇所を探す毎週社内規程、過去の回答引用元を付けた社内メモ担当者

たとえば、営業事務が取引先ごとに書式の違うメールを読み、商品名や数量を受付一覧に写している会社なら、1行目のように書けます。

「見るもの」や「作るもの」が書けない作業は、担当者の経験だけで進んでいる可能性があります。その状態でAIに指示しても、正しい出力を決められません。先に担当者へ、何を見て、どこまで判断し、次の人へ何を渡しているかを確認します。

手順2 試す業務は3つの条件で1つに絞る

書き出した作業のうち、次の3つがそろうものを1つ選びます。

  1. 試行中に何度も発生する
  2. 見るものと作るものが決まっている
  3. 間違いを人が見つけ、使う前に直せる

先ほどの受付一覧なら、AIがメールから必要項目を抜き出し、営業事務が元のメールと照合してから登録するところまでを試せます。価格の決定、在庫の確約、顧客への返信は対象に含めません。

間違いがそのまま送金、契約、顧客への連絡につながる業務は、最初の1件に向きません。出力を元資料と見比べられない仕事も避けます。生成AIで効率化しやすい仕事、しにくい仕事では、候補を探すときの見分け方を詳しく説明しています。

入力項目と処理条件が固定されている転記や計算には、表計算の関数や既存システムの自動処理が合います。書式の異なるメールや文書を読み、必要な箇所を取り出すところで生成AIを検討します。

手順3 AIがすること、しないことを1枚に書く

選んだ業務は、次の形で1枚にまとめます。ここが曖昧なままでは、試すたびに指示と評価が変わります。

  • 対象業務 取引先のメールを受付一覧にまとめる
  • AIがすること 商品名、数量、希望納期を抜き出し、不明な項目を示す
  • AIがしないこと 価格や納期を決める、受注を登録する、顧客へ返信する
  • 人が確認すること 元のメールと抽出結果を見比べ、登録してよいか判断する
  • 使えないときの戻し方 これまでの手作業で一覧を作る

「問い合わせ対応を効率化する」だけでは、対象が広すぎます。「メールから3項目を取り出し、受付一覧の下書きを作る」まで狭めると、必要な入力、出力、確認方法を決められます。

手順4 入力してよい情報と、確認する人を決める

試行に使う情報を、公開済みの情報、社内限りの情報、個人情報や取引先の機密に分けます。社内ルールが整っていないうちは、公開済みの情報か、氏名や連絡先を伏せたデータから始めます。

社内情報を使う場合は、利用するサービスと契約プランを決め、入力内容が学習に使われるか、どのくらい保存されるか、管理者が利用状況を確認できるかを調べます。同じサービスでも契約や設定によって扱いが異なるため、サービス名だけでは判断できません。

個人情報を入力する場合、利用目的の範囲内かを確認する必要があります。本人の同意を得ず、入力した個人データが回答の生成以外にも使われる場合は、個人情報保護法に違反する可能性があります。個人情報保護委員会の注意喚起では、提供事業者が入力した個人データを機械学習に利用しないことなどを確認するよう示しています。

出力の確認者も名前か役職で決めます。「必要に応じて確認する」では、忙しい日に確認が抜けます。受付一覧なら、営業事務が元メールとの照合を終えるまで、基幹システムへ登録しない運用にします。

手順5 試す前と試した後を同じ項目で測る

導入前の1週間、対象業務が発生するたびに作業時間を記録します。件数が少ない場合は、複数回分が集まるまで続けます。

記録するのは、1件にかかった合計時間、確認と修正にかかった時間、差し戻しややり直しの理由です。試行中も同じ項目を使います。AIが下書きを作る時間だけを測ると、入力の準備や出力の確認に増えた時間が抜けます。

試す前に、継続の条件も書いておきます。数字は業務ごとに決めます。

見る項目継続の条件
1件あたりの合計作業時間導入前の○分から○分以内になる
確認と修正にかかる時間1件○分以内に収まる
重大な誤り顧客への送信や登録の前に人が見つけられる
情報の扱い入力禁止の情報を使っていない

「精度が高かった」「担当者に好評だった」だけでは、続ける判断はできません。時間が短くても、確認しにくい誤りが残るなら採用しません。

手順6 1か月後に、続ける・直す・やめるを決める

試行中は、対象を増やさず、同じ業務と確認手順を使います。1件ごとに時間と修正理由を記録し、評価日に次のどれかを選びます。

続ける
合計の作業時間が減り、誤りを決めた確認手順で見つけられ、情報のルールも守れた場合です。次は同じ業務を担当する2人目に使ってもらい、担当者が変わっても同じ結果になるかを確かめます。

直してもう一度試す
同じ修正が繰り返される場合です。元の資料が古い、商品名の表記がそろっていない、出力の並びが確認しにくい、といった原因を分けます。指示文だけを何度も変える前に、渡す資料と出力形式を見直します。

やめる
確認に元の作業以上の時間がかかる、誤りを人が見つけにくい、使えない情報を入力しないと処理できない場合です。生成AIを使わない判断も、試行の結果です。

次の業務へ移る前に、再現できる手順を残す

継続を決めたら、使った指示文だけを保存して終わりにしません。次の項目を1つの手順書にします。

  • 対象にする業務と、対象外にする判断
  • 入力に使う資料と、その更新担当者
  • 使用を認めたサービス、契約プラン、設定
  • 指示文と出力形式
  • 人が確認する項目と、最終責任者
  • うまく動かないときに手作業へ戻す手順
  • 利用記録を見直す日と担当者

この手順を別の担当者が使い、同じ確認ができてから、似た業務を次の候補にします。部署全体への一斉配布は必要ありません。

どのサービスを使うかは、この段階になると比べやすくなります。必要なのは、入力する情報を扱える契約、管理者機能、利用記録、既存システムとの接続、運用費用です。生成AIサービスを使うか独自AIシステムを作るかで、一般向けサービス、AI SaaS、独自開発の切り分けを確認できます。

まず、業務の書き出し表を担当者と埋めてください。候補を1つに絞れない、入力してよい情報を決められない、既存サービスで試せるか分からない場合は、その表をもとにお問い合わせから相談できます。